イングランドはなぜ襟袖シャツか①
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19:30 お客様と食事

ワールドカップが始まりました。日本勝ちましたね。

普段あまりサッカーを観ないので今回のワールドカップで初めて気付いたのですが、サッカー界では、公式ユニフォームが襟袖シャツが標準になりつつあるのでしょうか?調べてみるとヨーロッパではイングランド、スイス、デンマーク。南米はウルグアイ、パラグアイ。中米ではホンジャラス。32カ国中6カ国が襟袖シャツのようです。

中でもイングランドの襟は太く首回り一周襟で覆われていて、いわゆる一般的なポロシャツに近い感じです。なぜでしょうか。

近代スポーツはイギリスが発祥というのは知られた話ですが、イギリスをはじめとしたヨーロッパと日本ではそもそもスポーツの概念が違う、という考えから仮説を立ててみました。

何度かこのブログでも紹介していますが、イギリスのパブリックスクールで教育を受けられた池田潔さんは著書「自由と規律」において、「パブリックスクールの学生はまず規律を身につけるため劇しい訓練を受けるが、その手段としてもっとも重視されているのが運動競技であることは周知の事実である。(中略)彼らはスポーツを通して人生を見、これを通して哲学を持っている」と述べています。

スポーツの起源を遡ると、19世紀イギリスから近代スポーツが始まったと言われていますが、貴族を育てるパブリックスクールでは、池田さんが書いていたように、正しい規律を身につけるための最も有効な手段としてスポーツを活用していました。それは一定のルールの中で正々堂々と勝負をし、時には勝ち、時には負け、その中から何を学び、次にどう生かすか、まさにその後の人生においても普遍的な人生に対する態度(能力ではない)を身につけるためのもの、という概念があったい他ならないと思います。

一方日本では、明治時代に初代文部大臣が教育の目的を「知育」「徳育」「体育」と分けました。体育は体を大きくしたり運動能力を高めたりする「体を育む」行為であって、前述の人生に対する態度形成、つまり「徳育」と区別されていたらしい。(広瀬一郎著書「サッカーマーケティング」)

自分に置き換え、小中学校の体育の授業の記憶を呼び起した時、ルールを厳守する、正々堂々と戦う、相手選手と尊重する、など体育の授業で「徳」を育む教育を受けた記憶がないのは僕だけでしょうか。総じて、こうした社会生活に有効なライフスキルを学べる可能性の高いスポーツを、体の身体的能力を伸ばすことしか活用してこなかったのは非常にもったいないように思います。

続く
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by katsuhiro-motono | 2010-06-15 03:20
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